青春篇[完]

又吉直樹さん著『劇場』を読んで、自分の中に起こり始めた変化を好意的に受け入れようと思った。

変わってしまってごめんと、沙希ちゃんが永田にそう言った気持ちがよく分かる。特にこの数ヶ月間は、つい昨日まで付き合っていた彼に対してずっと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

大学1年の冬に私たちはお付き合いを始めた。私が好きになって、必死になって追いかけて、ようやく実った恋だった。

 

こんなに好きになった人は初めてで、付き合って2年はずっと浮き足立っていた。触れたいときに触れて、無邪気に束縛し合って、嘘のない2人だけの世界を大切に育てた。

これ以上ないほど幸福な関係をじっくり築いて、私の世界は見違えるように広がり、輝いた。彼と恋人でいた時間は、ずっと美しい景色ばかりを見ていた気がする。

 

3年目に突入した辺りから、環境が変わり始めた。彼が社会人になり、私も就活を終えて、お互いが自分のための未来を見据え始めた。

変わらず大切なのに、次第にこれまでと同じように一緒にいられなくなっていた。大切にする方法を変えなくてはいけなくなった。

 

子供みたいな恋愛が楽しかった。幸せな夢を見ているような、手放しに浮かれていられる時間を愛していた。生活や夢は二の次でよかった。

変化の最中で、いつも歩くときには手を繋いでいたのが恥ずかしいと思うようになった。気づいたら2人だけの世界が崩壊して、生活や夢が侵略し、好きという気持ちだけで息をすることができなくなった。

 

彼は私の世界を広げた。

くだらないギャグにゲラゲラ笑うようになったし、人前で平気で泣けるようになったし、思ったことをそのまま声に出してみるようになったし、隠していた家族の話を人に打ち明けられるようになった。

マフィアの映画やフィルムカメラ、少年漫画、競馬場、ロラン・バルトQueenSting...etc.これまで触れることのなかった、たくさんの素晴らしい文化や音楽に出会わせてくれた。

 

青春だった。

嫉妬して怒ったり、不安で泣いたり、子供っぽい私のことを甘やかして、間違えそうになれば見過ごさずに向き合ってくれた。

人に対してこんなにも感情を爆発させる自分に驚いた。初めて出会う自分に戸惑いながら、正しく愛する方法を模索したけど、いつも失敗ばかりだった。

少し無理して背伸びした旅行も、ファミレスの食事も、ネタ切れのプレゼントも、散らかっていてくしゃみが止まらない彼の部屋も、全部が愛おしい青春だった。

 

手を繋げなくなった頃、2人の歴史を懐古することが増えた。

振り返るとき、楽しかったことも辛かったことも、かつての2人を他人のように思い浮かべる自分に気づいた瞬間、あの時の幸せそうな2人が、今はもう手を繋いでいないことがたまらなく切なくて泣いた。

 

これからもっと大人になりたいと思う今の私と、自分を大人だと信じ大人の恋愛をしていると思い込んでいたかつての私は、どちらも彼のことを愛している。だけど今の私は、かつての眩しい日々を再現することはできない。

 

青春は終わっていた。

それで、私が彼との歴史に終止符を打つとき、人生が始まると思った。

生まれてきて良かったと、自分も捨てたもんじゃないと思えるようになったからには、1人でも生きていけるのかどうか試したい。

自分の、自分による、自分のための人生を始めてみたい。それで、及第点の大人になれたら、また彼と一緒になりたい。

彼は私をスタートラインに立たせてくれた。けどスタートラインに立ったことで、青春を卒業しなくてはいけないという焦りが芽生えた。

 

またいつか一緒になりたいとは到底言えなかった。またいつかなんて言ってしまえば説明が楽になるけど、彼の時間をいたずらに奪うようなずるいことはできない。

思わせぶりな態度でこっそり手綱を持ち、曖昧な関係に甘えて安心しているようでは、何の意味もないし傷つけるだけだと思った。

 

変わってしまってごめんも言わなかった。私には喜ばしい変化だったし、何より彼との青春の賜物だから、否定するようなことは口にしたくなかった。

 

こうして私のはじめての大恋愛は幕を閉じた。

別れ際、彼は、勝手に泣きじゃくる私に「最後に楽しそうな顔見れて嬉しかったよ」と笑いながら、目を赤くしながらほっぺを掴んできた。

どこまでも好きだなと思った。最後まで彼の方が一枚上手で、私は泣くことすら我慢できない子供だと思わされた。

 

早く、早く、辿り着きたい。

今度は青春ではなく、人生を共に歩めるように。例えば変化に変化が重なって、どちらかが、あるいは両方が他の人と結ばれても、彼との青春を堂々と抱きしめて生きたい。