曇天に相応しい休日に考えたことの全て

 今日の最大の目的は下着を新調することだった。

 もう2年余り、新しい下着を買っていない。それが恥ずかしいとも後ろめたいとも思わなかったけど、着古した下着が幅を利かせるような抽斗にうんざりして、昨日ついにいらない紙袋へ4セット詰め込んで捨てた。中にはもう何年か数えたくないくらい着たものや、彼氏の家へ急遽泊まるためにユニクロで拵えたものもあったけど、まるで思い入れがひとつもないみたいに捨てることができて安心した。

 

 フリフリなブラジャーは金輪際買わないと決心して、ここ2週間くらいシンプルな下着ブランドを調べていた。ブラジャーで自分のテンションを上げようとは思いもしないが、フリルのついた華やかなブラジャーが自分の機嫌を損なうことは間違いなかった。

 シンプルなブランドには、オーガニックを謳ったような敷居の高いものが多くて、私にはまだ手が届かない価格の下着ばかり勧められて困った。結局、これまでもよくお世話になっていたウンナナクールで買うと決めた。ウンナナクールはよその下着ブランドとは違って華やかすぎないから、周りにもファンが多い。自分と同じように、黒い水玉模様のジップをお泊りのときに使う友達を見た時は感動した。

 

 午後、お目当てのブラジャーを買ってカフェに入った。アイスコーヒーを買って席に着くと、隣の二人席にはおばさまが2人。又吉直樹さんの『劇場』を読んでいたので何を話しているのか特に気にならなかったけど、笑い声はなく、何か議論している様子で、なんだかこっちが息苦しくなった。

 途中でバナナケーキを買ったら、お飲み物は大丈夫ですかと聞かれて少し恥ずかしくなった。まだアイスコーヒーは半分も残っている。

 

 気づいたら隣の席は若めの女性2人に代わっていた。

 『劇場』を読んでいる途中で、2人が芸人さんの話をしていると分かった。空気階段ロングコートダディという単語が聞こえてきたからだ。どうやらジャニーズも好きなようで、趣味が合うと思ったけど、「ガチ恋アカ」や「YouTubeライブ配信を限定公開」というフレーズも聞こえてきて、私とは違う正義を持っている人だなと思った。どういう人なんだろうと思ってちらと見てみたら、思ったより若くなくて、ひとりは髪色がピンクだったので安堵した。

 そこで、バナナケーキの外側のクッキーにほんのり塩っけがあることに気がついて、一層おいしく感じられた。

 再び耳をそばだててみると、もう2人は趣味の話をやめていて、私の知らない人の話をしていたので、ようやく心置きなく『劇場』を読むことにした。

 

 しばらくして2人が帰り支度を始めた。「そろそろ帰ろうか」なんて冷めるようなやりとりもなく帰れる関係が少し、いやかなり羨ましかった。

 帰りがけに2人は、Creepy NutsのMVにかが屋が出ている話をしていた。やっぱり私と同じ類いのミーハーなのだと思ったけど、「一緒に売れてほしいわ」と言ったので、カフェで隣り合うだけの知らない人でよかったと思った。そんなことばかり一方的に思うから、今こうしてわざわざカフェでひとり本を読む休日を送っているんだなと我ながら呆れた。

 

 隣の客をたったひとりで2組も見送ると決まって申し訳なくなる。

    溶けた氷に薄められたコーヒーの最後をズズズと吸って、そんなシーンが『劇場』にもあったな、なんて考えながら私も席を立った。まだ『劇場』は半分も残っている。

 17時半、外を出たらまだ明るくてがっかりした。できればたくさん歩いてから電車に乗りたいと思って、本当は来たときと同じルートで帰るのは嫌いだけど、背に腹は代えられないと思って来たときに降りた駅まで歩くことにした。

 

 歩きながら、今日も余計なことばかり考えた。

 私は散歩好きの割に、道草だとか回り道だとか思わぬ出会いみたいなものは不得意だ。しっかり地図で最短ルートを調べてそれ通りに歩こうとする自分にうんざりしてしまう。でもそうする他ないのだ。効率よく歩くことが好きだし、何より私にはほんの少しも土地勘がない。何度も来てる場所でも平気で迷ってしまう。そもそもあまり道や建物の配置を覚えようとしていない。ある種の現代病なのかもしれない。

 

 

 最寄り駅に着いたとき、今日は櫻坂46の「なぜ、恋をしてこなかったんだろう?」を聴こうと思った。恋の素晴らしさを喜ぶ歌に、彼氏からLINEの返事がないことを思い出した。

 実のところ電車に乗る前も思い出していたけど、その時はむしろそれがありがたいとすら感じていた。私は、大切にされずにひとりで悲劇のヒロイン面をしているときが最も生き生きしている自分に気づき始めている。その証拠に、そういう時ほど周囲に「最近可愛くなったね」と言われてしまうのだ。彼氏に限らず、人から大切にされると煙たくなるのは幼少期からだ。

 

 それなのに、最寄り駅からの帰路で思い出したら、途端に悲しくなって泣きそうになった。彼氏からの返事がないことそれ自体ではなく、返事がなくて安心してしまったさっきの自分が、たまらなくかわいそうに思えた。これだって悲劇のヒロイン面をしていたいだけなのかもしれないけど、とにかく悲しくなった。

 

 歩きながら泣く人は変だけど、地元でなら構わないという感覚が自分の中に確立されていると気づいた。だって前にもこのあたりで泣いた気がするし、などと考えていたら、前方から、違和感のある自転車が横切ってきた。運転しているおばさんは負傷した腕を吊るための包帯を首から下げており、負傷しているはずの腕はしっかりと自転車のハンドルを握っていた。おばさんのことが心配になりながらも、なんだかその元気さがおかしく思えて、視界を歪ませた涙は流れることなくあっさり引っ込んでしまった。

 ひとまずは、今日歩きたかった理由が分かってよかったと思った。