歩く

休日はあまり人と会いたくない私でも、さすがにほとんど毎日家に一人でいると、人恋しくなるらしい。

 

土曜の昼下がり、誕生日の友達におめでとうと連絡したついでに、明日暇だったら一緒にランチでもどうか、と誘った。

友達は喜んで誘いに乗ってくれたうえ、お洒落なお店まで提案してくれて、とんとん拍子で人と会う約束ができたことに少しびっくりした。

 

人と会うときは大概、何週間も前から約束する。当日は朝から緊張して、外を出るのに気後れしてしまい、結果遅刻する。

 

でも、今回は全く緊張することもなく、外出直前の気後れもなく、おかげで遅刻もしなかった。

前日に約束を取り付けたのが功を奏したのだろうか。

もしくは人と会わなすぎて、人と会うということの何たるかを忘れてしまったのかもしれない。

 

その彼女と会うのは2年半ぶりだった。待ち合わせてみて初めて、久々の再会だと気付かされる。

ランチをした後は、駅の近くのカフェでお茶をした。12時から15時半までの間、空白の2年半のことを話したり、直近で各々がハマっているコンテンツを勧め合ったりした。

 

楽しかったし、誘ってよかったと心の底から思った。心残りといえば、昨日誕生日の彼女が私に就職祝いのプレゼントをくれたのに、私のほうは何も用意出来なかったことくらい。

 

夕方用事があるらしい彼女を「水族館に寄ってから帰るね」と言って見送り、水族館に向かったら休業中だった。

そりゃそうか、と思った。

 

特に買いたいものはないけど、ウインドウショッピングでもしようと思ってふらついた。

でも、服をじっくり見るような気力はなかったようで、一向にお店の中には入らずただ宛てもなく施設の中を歩き回った。

 

帰りたくないというよりも、すぐには電車に乗りたくない自分の気持ちに気がついて、二駅分歩くのを思いついた。

地図で調べると、徒歩35分の距離。

ちょうどいいと思った。

 

外に出ようとして日の光を少し浴びたとき、どうせ歩くならお供に飲み物が欲しいと思って、

スタバのあるレストランフロアまでエスカレーターで登ろうとしたら、

イヤホンから椎名林檎の「おとなの掟」が流れてきた。

6階に着く頃には、スタバで何か買うような気分ではなくなってしまった。

晴れ空の下、チェーン店の甘ったるいドリンクを飲みながら歩くような、そんな気分ではなくなってしまって、道中のコンビニで何か買う方がマシだろうと考えた。

 

結局、施設を出てすぐのところにあるセブンイレブンで、初めて見るチョコレートドリンクを買ったけど、全然美味しくなくて少し後悔した。

ただしその後悔は、決してスタバで飲み物を買わなかったことではなくて、セブンイレブンに寄ったことと、チョコレートドリンクという一か八かの選択であるということは特筆しておきたい。

 

歩きながら、さっき友達から発せられた言葉のひとつひとつを分析して彼女の意図を自分勝手に探ったり、

自分は自分が思っている以上に人より考えすぎてるかもしれないと恐怖したり、

自分の存在を喜ばれることや、自身を求められることに不快感を覚えてしまう自分に嫌気がさしたりした。

 

二駅分歩いたら、足は少し疲れたけど、汗はかいていないのが不思議だった。

 

駅のホームで、「ヘルスケア」を開いて歩行データを眺めたら、歩幅とか歩行非対称性とか、歩数以外にもあらゆる項目があることを知った。

平均値を調べて自分の数字と見比べたところ、私は歩くのが早いということが分かった。

母や弟によく「歩くのが早すぎる」と笑われるから腑に落ちた。

それから、成功者には早歩きの人が多いことと、早歩きは健康に繋がるという研究結果が存在するのを知って嬉しくなったりした。

 

最寄り駅に着くと、傘を借りるサービスを使っている女性がいて、しまったと思った。

けど、私はそこで傘を借りるのが少し恥ずかしいしかなり面倒だったので、素通りして改札を出た。

電車に乗る前とは打って変わって辺りは薄暗く沈んでいて、屋根の下で雨空を眺めている人たちや、上着を頭上に掲げて走る人たちが見えた。

私が傘を忘れて家まで走る日は数知れず、こんなに傘なし仲間が多いのは初めてのように感じた。

 

建物の屋根や木々の下を選びながら小走りで帰った。地面が乾いているところを踏むように走った。

 

さっきたくさん歩いたから、あんまり速くは走れなかった。

さっきたくさん歩いていなければ、雨に濡れることなく帰れただろうなと思った。

 

でも実のところ、歩き出す前に天気予報はチェックしていて、雨が降るのを知っていた。

それでも歩きたかったし、私が歩いて後悔しないために雨が降らないのをどこか期待していた。

 

結果として雨に降られてしまったものの、少しも後悔しなかったので、歩いた時間を逆算することはしなかった。

 

ひとりで1日を過ごした私だったら、35分前の景色を想像してただろうな、とか考えていたら、雨が急に強まった。

一粒一粒が大きくなり、木々の下の乾いた地面も周りと同化して黒く染まっていった。

 

一瞬建物の下で雨宿りしたけど、雨がしばらく弱まらないことも知っていたので、すぐにまた走り出した。

 

雨が強まってからは雨以外のことを考えなかったからか、あっという間に家に着いた。

タオルで身体を拭いて、手を洗って、自分の部屋に直行する。

両親が買ってくれたばかりのゲーミングチェアに座った瞬間、どっと汗が吹き出した。

 

身体が、ようやく人と会うということの何たるかを思い出したんだと思った。